このイドカバネットでお世話になって、何度かクリーニングやしみ抜きの現場の様子を記事にしました。
ともすれば、クリーニングは仕事を紹介するような機会が少なく、ともすれば我々の仕事は世間からガラパゴス状態になりかねない。ですから微力であれ、機会があるごとに紹介していきたいと思います。
下に続く
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宅配・保管クリーニング(ラクリ)
皆さんは、しみ抜きといえば、どの様な作業を思い浮べるでしょうか。
洗剤とブラシで、職人がシミの個所をゴシゴシと落としている姿を、イメージとしてお持ちではないでしょうか。
実際に、その様なブラッシングも行われますし、ササラ掛けなどの高度な技術も存在します。
しかし昨今は、シミに応じた薬剤を、和裁用のへらや鹿の角を平たく加工したへらを使用して、馴染ますように抑えたり擦ったりして、シミを繊維から浮かび上がらせる、もしくは薬剤に溶け込ますような、しみ抜きも主流となっています。
しみ抜き作業で大切なことは、繊維を傷ませないことです。繊維が傷むと、色・柄が影響を受けて色剥げしたり、その個所の質感・風合いが損たりすると、しみ抜きそのものが出来なくなります。
ブラッシングやへらの使用も、必要最小限で繊維への影響を考えてしみ抜きしなければなりません。
時に、今回の事例は、ブラッシングはおろか、へらや手もみでさえかなり制限される素材でした。

画像は、ポリウレタンコーティング参考資料です。
ポリウレタンコーティングのレザー素材の、白いジャケットですが、おそらくボールペンで線を引いてしまったようです。
胸元に一本のボールペンインクの線が、無残にくっきりと残っていました。
まずは、ボールペンインクの落とし方を説明しましょう。ボールペンインクの成分は、「染料」「樹脂」「溶剤」です。
染料と樹脂を混ぜて、それをアルコール系溶剤で溶かしてあります。このアルコール溶剤が蒸発して、染料が混ざった樹脂が固まって、この場合はインクのシミになったのです。
これをしみ抜きするには、インクが固着する逆の工程を行えばよいのです。すなわちインクの樹脂を溶かす溶剤と、界面活性剤を使用すれば、樹脂が溶けて染料が浮き上がりしみ抜きできるはずです。
但し、問題はこのジャケットの素材です。この合成皮革のジャケットは、ポリウレタン樹脂をコーティングされております。このポリウレタン樹脂は、ある種の有機溶剤で溶解します。インク落としの溶剤でも、溶解までは至らずとも、影響を受けて劣化し最悪ボロボロとはがれる可能性があります。
そもそもポリウレタンコーティングは、時間の経過とともに劣化してしまう素材です。
画像はマイクロスコープ(顕微鏡)にて観察した、劣化したポリウレタンコーティングです。経年劣化により、時間の経過とともに樹脂が崩壊していきます。結果、細かいヒビが無数に入り、これが進むとボロボロと剥がれだします。

話を戻しますが、合成皮革の表面は一見ツルツルで、インクが入り込む要素がないように思われますが、実際のポリウレタンコーティングの表面は、下の画像のように凸凹しております。

凹の個所の影が黒く映って、毛穴のようにも見えますが、このような箇所にインクが入り込み固着すると、インクに対応したしみ抜き剤でもなかなか落とせません。
ましてや、しみ抜き剤に配合した溶剤が、ポリウレタン樹脂に悪影響を与える可能性があります。
リスクの高いしみ抜きとなりますが、お受けしたい以上は全力を尽くします。
このポリウレタンコーティングのジャケットについた、ボールペンインクのしみ抜きのやり方は、まずインクに対応した溶剤入りのしみ抜き剤を、インクの個所につけてそのまま5分程度馴染ませます。ブラッシングや手もみはしません。するとすれば、軽くへらで抑える程度です。5分経過後、柔らかい布などで、たたきながらしみ抜き剤を取り除き、しみ抜き専用の機械でしっかりとすすぎます。
ここまではインク抜きの手順通りですが、この意味に関しては、次にもう1工程加わります。
この時点では、もちろんインクはまだ残っています。現段階では、それは無視して、マイクロスコープ(顕微鏡)でインクのシミの周辺の、ポリウレタンコーティング状態を観察します。
もし、溶剤の影響で劣化が起こっていれば、表面に何らかの兆候が表れます。ひび割れなどが見受けられた時点で、このしみ抜きは中途ですが取りやめます。失敗しては元も子もありません。
参考ですが、下の画像は上の画像のポリウレタンコーティングが、劣化した様子です。ポリウレタンコーティングが溶剤の影響を受ければ、この画像のような兆候が見られるはずです。

溶剤の影響がないことを確認して、同じしみ抜き工程を繰り返します。
この様な作業手順を、5~6回ほど繰り返しました。勿論マイクロスコープでの確認は、毎回しっかりと確実に行いました。お陰様で、しみ抜き処理した跡形も残らず、きれいに落とせました。
リスクの高いしみ抜きは、手間をかけてでも難度を下げて、安全にかつ効果的に、そして技量以上のことはやらない。これがしみ抜きには、大切なことだと思います。
如何でしょうか。しみ抜きに対してのイメージが変わりましたか。今回のしみ抜きは、特殊な例ですが、他にも様々な手法を用いてしみ抜きをいたします。
また機会があるごとに、紹介いたしたいと思います。
使用した画像は、今回しみ抜きしたものではありません。全て参考のための資料です。
(文/Takeshi Tsukiyama)
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